科学と技術を考える⑧ 高校生のみなさんへ 材料工学の大事さ、深さ、面白さについて  

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科学と技術を考える⑧

  

高校生のみなさんへ

材料工学の大事さ、深さ、面白さについて

 この文章は、長井が高校生を前にして、材料と材料工学について、話してみたいと思ったことを講演録風に作文したもので、実際に使ったことはありません。一切、図面等を用いず書き切れるかという挑戦でもあります。また、高校で履修する理科科目内容程度の知識があれば理解できるはずという目論見もあります。前報(科学と技術を考える⑦)で、高校理科の知識で「自家版宇宙・地球と人類の生涯」くらいは話せて当然だろうと言ってしまいましたので、自分の専門分野である材料工学を高校理科の知識で表現しきれるかを試みたものです。
 この作文では著書「アジアから鉄を変える」の執筆経験が役に立ちました。でも、たぶん、これでも「やっぱりわからん」という声が聞こえそうです。


 なお、本試論は、日本学術会議材料工学委員会作成の「『材料工学分野の科学・夢ロード マップ2014』の取りまとめに関する分科会記録、作成日平成26年(2014年)7月29日(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/kiroku/3-140729.pdf)」にも掲載していただきました(記録の最末尾になります)。



(始)
こんにちは。


 私(仮設定人物です)は、材料工学という学術分野で活動している研究者です。どこで働いているかというと、工学ですので、大学では主に工学部で、企業では主に製造業ということになります。「主に」でして、相当いろんな分野で働いているのが本当の姿です。私たち材料工学の者が研究・教育・生産などで扱う材料は金属、セラミック、プラスチックなど多種多様で、それらをさらに細かく分類すると材料のリストは膨大になります。身の回りの物がいろんな材料で作られており、材料なしには現代文明自体が成り立たないということは改めて説明する必要もないでしょう。一方、あまりにもありふれているので詰まらないと思われ、製品での縁の下の力持ちなので、目につきにくく、アピール力が弱く、分かりにくいというイメージもあるように思われます。そこで、今日は、材料に興味が持てるかどうかは問わず、材料工学の深さを聴いて考えていただき、その面白さ、大事さに思いを寄せていただければ良いのではと思いこの話を準備しました。


 まずは材料の定義です。高校生の皆さんに限らず、「材料ってなんだと思いますか」と聞くと相当多くの皆さんは料理のことを思い浮かべるようです。
 確かに、広辞苑という辞書を引くと、「材料:加工して製品にする、もとの物。原料。」とありますので、「料理の素材が材料」という答えは間違っていません。ということで、料理の話題から始めましょう。実は材料工学の学者さんには、「材料と料理を一緒にするな」と気分を害する人も少なからずいますので、こんな話をすると身内の人たちから袋叩きにあうかもしれません。
 うどんのもとは小麦ですが、小麦から直ぐにうどんを調理できません。小麦(植物)の栽培、小麦の粒(穀類)の収穫・乾燥、粒を粉々にした小麦粉、小麦粉に水、つなぎなどを混ぜて、こねて延ばして、裁断してうどん麺にし、それをうどんに調理します。家庭では、うどん麺を乾燥させたものを買って調理するのが普通ですね。流れを全部書きだすと、小麦(植物)→小麦(穀類)→小麦粉→うどん麺→うどん、となります。聡明な皆さんは、この途中途中でいろんな副産物があったり、ほかの原料を使ったりすることを省いて話していることに気づかれていると思います。それら全部を書き出すと壮大なパノラマになりますので、挑戦してみるのも面白いと思います。
 さて、辞書にあった「加工」とはなんでしょう。これも分かっているようで説明しにくい言葉だと思いませんか?
 広辞苑に頼りましょう。「加工:原材料に手を加えること」とあります。これだけではむしろ雲に包まれそうになりますので、「材料」の説明と繋げてみましょう。そうすると、「材料を原料に、手を加えて(加工)、製品にする」ということになります。この関係は、材料→加工→製品と表現できます。「→」の印は変化する方向を示します。出発点の小麦→最終点のうどんでは、この手順が繰り返されていることになります。すなわち、材料1→加工1→製品1=材料2→加工2→製品2=材料3・・・材料n→加工n→製品n=最終製品という式が書けることになります。なんと、これが材料工学の真髄のひとつです。この連続式を「材料のプロセス」と言います。辞書では「プロセス:手順、方法」とありますので、正に辞書のとおりだとご理解いただけると思います。
 でも人為的な手を加えると言っても、もう少しその意味するところを整理しておかなくてはなりません。小麦(植物)も元は小麦の種が出発点ですので、小麦の種→栽培(加工)→小麦(植物)を先頭に足してもよいではないかという素朴な疑問がでます。野原に自然に生えていたものを収穫したのではなく、ひとが畑も作り、品種改良もし、肥料も改善を加え・・・さまざまな人為の結果として、種から成熟した小麦を作るのだ、ということになれば、種が最初の材料で栽培は加工という見方もあながち変ではありません。
 金属の始まりも自然金や隕鉄など自然界で入手(採集)できるものでした。それを材料にして加工によって、装飾品、道具、武器等のいろんな製品を作ってきたわけです。自然界での入手が困難になり、長い歴史の中で、鉱石から金属元素を取り出す方法を見つけて、現代文明の花が開いています。


 深く理由を問われると回答に窮するのですが、今までは、生物の「栽培」やいろんなものの「収穫」は、それが人為であっても、「加工」とは言わないできました。農業と工業の区別がくっきりとしていた時代は、この区別は暗黙的に「自明」だったようですが、「工場栽培」などが現実的になってくると、暗黙の自明さの持つ曖昧さが表面化してきます。きっと、これからの社会の進化に伴ってこの曖昧さがだんだんと克服されていくでしょうが、まだその段階には至っていないようです。
 ということで、私たちは、小麦粉生産が工業化している場合は、小麦粉の原料である小麦(穀物)も材料として考えます。すなわち、「製品が工業的加工品と判定される場合には、その原料は材料とする」という判定基準を当面は採用することにします。


 これが「材料」の当面の定義にもなる訳です。材料が、加工、製品と一緒にしか定義されないというのは、実は深い意味があります。その深い意義はだんだんとご理解いただけるようになるでしょう。
 材料→加工→製品の連続式における材料の入口側の話をしましたが、実は同じような問題が、製品への材料の出口側にもあります。今度は自動車を思い浮かべて下さい。自動車は正に最終製品の代表格です。ご存じのように自動車は多くのパーツ(部品)を組み合わせたものです。そのパーツも分解してみると、より小さなパーツ(部品)を組み立てたものが多いですね。部品→組立(加工)→製品という式が書けるとすると、部品も材料かという素朴な疑問がここでもでてきます。


 学問だから森羅万象を対象にしてよいではないかと思われるでしょう。そのとおりです。森羅万象に関心をもつべきという面と、そうは言っても専門分野を持つべきという面があります。材料工学もそのような専門分野のひとつです。そうすると対象範囲をそれなりに定めるということが不可欠になります。数学の問題でも、境界条件が明確でないと答えが得られない、境界条件が明解でも複数の答えが正答という場合があります。対象範囲は、この境界条件と似たものです。ただし国境のようにお互いに侵略してはいけないという線引きではありません。他の専門分野と重複する対象領域を持つことはむしろ自然です。お互いに自己論理性のある境界条件を定めたら重複領域ができた、というのが良いのではないでしょうか。


 パーツと材料をどこで線引きするかという問題に戻ります。材料→加工→パーツ(製品)という材料の終点になる判定基準は何でしょうか?
 組立は材料の加工に加えないという考え方もあるかもしれませんが、後でその話に戻ることとして、ここでは、「機能」という言葉の意味を考えてみます。辞書では「機能:物のはたらき」とあります。製品も材料も物ですので、「製品の機能」、「材料の機能」ということを考えることができます。役に立つ機能があるからこそ製品となり、ひとが購入し、使用するわけですので、実は役立つ機能ということがまず大事です。


 こう話した時に、「機能はどうやって生まれるのか?」という疑問を持っていただけましたか?自発的にこの疑問を持たれた方は、論理的に物事を考える、という素質を既に持っておられる方ですね。
 「材料の機能はどうやって生まれるのか?」というのが、材料工学の最も重要な課題だと思います。
 さて、皆さん、何気なく「システム」という言葉を普段使っておられませんか?コンピュータ製品が普及し、この携帯のシステムは・・・などと皆さんも馴染みが深い言葉になっていると思います。辞書にはなんて書いてあるでしょうか。
 「システム:複数の要素が有機的に関係し合い、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体。組織。系統。」とあります。
 要素をパーツで置き換えると自動車の機能もシステムによるものだということを教えてくれますね。自動車だけでなく、船も、ビルディングも、橋も、携帯電話も、テレビもシステムが機能を出しているという理解で間違いありません。
 システムですので、その要素に不具合が出ると全体としてのまとまった機能にも不具合がでるのは致し方ありません。故障だけでなく、寿命も、要素そのものに不具合があるのか、要素同士の関係に不調なのかと考えて、問題の在り処を見つけていくことになります。
 このように、「製品はシステムです」という話は、皆さんも納得できるでしょうが、実は「材料もシステムです」というと初耳でしょうし、ちょっと驚かれるのではないかと思います。
 この言葉を聞いて、材料の内部に部品があるのか?という素朴な疑問を持った皆さんは、鋭い思考力の持ち主ですね。
 物理や化学で、目に見えるすべての物質は、原子、分子で構成されている、と習うはずです。材料のシステムを考える時に、原子、分子が部品の役割を果たすと理解していただいてもよいでしょう。先ほどの辞書の説明で、要素を原子・分子に置き換えていただければ、「材料のシステム」を正しく説明しています。私は、材料のシステムの方が、製品のシステムより多分複雑なものだと考えています。
 さて、部品は目で見えますが、原子・分子は肉眼では見えません。製品のシステム要素をより細かい単位に分解していったときに、製品のシステム要素と判定できないものに遡ることが必ずできます。それが出口端の材料です。建築で言えば、鋼製の梁は製品のシステム要素ですが、その梁の原料となった例えばH型形鋼の棒は材料となります。梁も形鋼も物質的には全く同じですが、材料とするかどうかという判定は、「材料→加工→製品」の「材料のプロセス」の手順の中で行います。
 さて、これで材料の入口と出口の判定が皆さんにもできるようになったと思います。それでは、材料工学の対象範囲では上述の鋼製の梁は除くのかと思われるかもしれませんが、そうはなりません。材料のプロセスの入口と出口の両端の材料の、原料、加工、製品についても原則的には対象に含みます。そうすることによって、重複領域を持つ、関連する学問領域との円滑な協同が可能になります。
 皆さん、これで材料工学が扱う材料の範囲と材料工学の対象範囲を説明したことになります。それと同時に、材料工学の真髄として、「材料のプロセス」と「材料のシステム」があることにも触れました。そして、工学である以上は、「機能」が大事ということも言いました。


私たちは、材料工学を「材料の創製と高機能化を極める工学」と定義しています。創製とは「はじめてつくりだすこと」(辞書)です。今までになかった材料を始めてつくることとその機能発揮を、与えられた条件のもとで最適化・最大限化するのが材料工学の役割になります。
 短距離走のランナーのことを思い浮かべましょう。体重と記録とは一般に比例しないと思います。ですが、必要な筋肉を増やしたり、より強くしたり、むしろ体重を増やして、記録を更新してきました。材料の高機能化は同じような開発の歴史になります。常識=「体重と記録は反比例する」を破る時に、高機能化が極められます。すなわち、筋肉を含む体質の改善、材料で言葉を換えて言えば「材料のシステム」の改革から常識がブレクスルーされます。
 内部のシステム構造だけでなく、大きさや形も機能と密接な関係を持ちます。これを材料工学では、形質制御ということがあります。形質制御は「加工」もしくは「材料のプロセス」で行われます。
 元素の種類が200以上あることは高校で教わります。そうするとその組み合わせ、配合率まで含めると可能性は無限にあります。1モルはアボガドロ数の原子・分子のことだということも高校で知ります。固体の1モルがどの程度の体積かは計算できると思います。せいぜいサイコロの大きさです。その中に含まれている複数の元素・化合物種類の原子・分子の並び方(順列組合せ)を計算してみてごらんなさい。高校の数学では計算不能な大きな数字になるはずです。一秒間にその一つの例を試すことができるとしましょう。宇宙の年齢を140億歳として、それを秒に直すことは簡単です。せいぜい10の18乗程度のはずです。アボガドロ数にも及びません。可能性は文字通り無限になります。
 これが、「材料の創製と高機能化」が単なるスローガンではないことの最も簡単な証拠です。では、膨大な可能性があれば簡単に問題が解けるような気がしますが、そうは問屋が卸しません。何気ない1回の実験で答えが見つかる確率も確かにゼロではありません。ですが、しっかりとした成果は数えきれない試行錯誤の山の頂点にこそ生まれると思います。宇宙は無限で可能性に満ちています。でも隣の惑星に行くことすら容易ではありません。存在が確定した隣の惑星に行こうとするにも、宇宙で迷子になるようでは元の木阿弥です。しっかりとした羅針盤と確かな道具立てを持ち、ひとりひとりの限界を超える必要があるでしょう。そのために、多くのひとと共通土台を共有し、努力を競い合うという戦略が求められています。


 とかく偉大な先達たちは既存の分野は熟した、残された課題は少ない、という遺言を残しがちです。それは、その偉大な先輩が掘った範囲の穴の中の話であって、傾聴すべき貴重な意見を含みますが、信じる必要はありません。もし課題が尽きたら、もう誰も研究する必要はありません。研究する必要がないとしたら、人類はその分野でこれ以上大きくは進歩できません。
 現状では、まだアボガドロ数相当量の知識も尽くしていないと考えるべきです。どんな分野でも進歩のマージンがどれほど残されているのかを心配するのは時間の無駄です。勇躍してご自分の関心のある学問に挑戦されることを勧めます。


 ご自身が材料工学に携われることがなくても、今回お話しした材料工学の専門家がいつも身近に活動しているということをいつまでも忘れないようにしてください。
 よし材料工学も面白そうだと関心が少しでも生まれた方がおられましたら、仲間に加わっていただけることを心から歓迎いたします。近いうちに一緒に活動できることを心待ちにしています。


 今日は、ありがとうございました。
(終)




科学と技術を考える⑧ 高校生のみなさんへ
-材料工学の大事さ、深さ、面白さについて- 終
サイト掲載日:2015年4月12日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明