田舎の2000年歴史ロマン⑬ 富山県朝日町を分析する(その4) 行政区の区割り

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※上のヘッダ-部スライドの1枚目「執筆者の実家(長井家)敷地内にある地神(祖先神)の石像」の写真は、
当サイトTOPページのリンクブログ(②縄文遺跡の上にある「富山県朝日町」お散歩日記)にて紹介されています。

田舎の2000年歴史ロマン⑬

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富山県朝日町を分析する(その4)

行政区の区割り


 苗字シリーズの続きとしての第四弾です。いろんな集落名(現在ではほぼ「行政区」と呼ばれている)がでてきますが、地図上でしっかりと整理しておかないと話が複雑化するばかりで、考えがまとまらなくなってきました。
 そこで、地図を凝視しながら、行政区の区割りに挑んでみました。そうすると面積の大きな行政区もあれば、とても小さな行政区もあることに気づきました。飛び地もあります。
 境界が直線的なものもあれば、入り組んだ曲線となることもあります。


●面積の大きな行政区は、山間地にあります。


図1


 南側から、内陸・山間地は、
  山崎(棚山を含んで)、蛭谷、石谷、大平、笹川 の五つです。
 山麓、海岸沿いは、南側から、
  南保、横尾、宮崎、境 となります。
 山間地の行政区は、歴史的には、起源は縄文期に遡り、十二社系ということで共通点があるのではないかと長井は推測しています。
 海岸沿いの宮崎、境、それにここには示しませんが、赤川、大屋は、同じく起源は縄文期に遡り、海人系と言う共通点があるのではないかと推測しています。
 南保、横尾の起源は古いのですが、発展は奈良時代以降ではないかと推測しています。
 朝日町の圧倒的な面積は、これらの10余りの行政区で占められますが、当然、人口的には比率は少ないものです。


 下の表は、朝日町のホームページから入手したものです。これは町内会名で整理されています。これから各地区の人口規模が理解できます。


表1


●扇状地の区域割


 扇状地は、明治の町村制での町村で見ると、山崎、南保の延長である山崎村、南保村の一部と、泊町、五箇庄村、大家庄村の五町村から構成されています(以下の二つの図を見比べてみてください)。
 そうすると行政区割の特徴が分かります。
・大家庄、五箇荘では区域割は比較的直線的です。ただ、さらに小さい単位である町内会レベルとなると境界が入り組んだと
 ころが見えてきますが、ここでは触れません。
・山崎、南保も結論的には同じです。細かい所では、境界が入り組んでいますが、大きな単位では境界は直線的です。
 このように微細構造が入り組んでいるが、より大きな単位で直線的になるのは、越中上街道、下街道の付け替えと密接な関
 係があるのではないか、すなわち、江戸時代の開拓、開発と関連深い現象と推測しています。
・もっと面白いのは泊町です。区域割がとても複雑です。その上に飛び地がかなりあります。なぜ、飛び地があるのかを考察
 していくと、いわゆる「泊」の発展が歴史的には何層にも重なっているのではないかというパズル遊びに行き着きます。


 長井の推測は以下のようになります。その推測の根拠は後日の楽しみとしてください。
①もっとも古くは、この辺りは「道下」と漠然と呼ばれていた。「道下」とは「みち」の「した」であり、「みち」は奈良朝が敷いた
 『北陸古代道』を意味し、「した」は「京から下」となるので当地では海岸側を意味する。『北陸古代道』は、現在の「北陸自動
 車道」と「北陸新幹線」の間にあり、どちらかというと「北陸新幹線」より、標高50m辺りではなかったかと考えています。その
 『北陸古代道』が想定される現地に立ってみると、視界的にも「した」一帯となり、視界を遮るものはなく、すぐそこに海岸
 線があるかのように見えます。
②「佐味」荘園以降、南保、沼保が開墾された。これらは、「道下」内に作られた。
③鎌倉幕府以降、横尾が沼保地内に勢力を拡大した。
④江戸時代に「泊」が沼保地内に移転された。移転した「泊」住人の大半を占める農民は、主に「横尾」地内および沿岸の横尾隣接
 地を開墾していた。移転先は、開墾地を挟んでちょうど反対側に当る。
⑤上街道、下街道の付け替え後に、「荒川」「草野」が発達した。これらは「道下」「沼保」上に発達した
 ものも、未開地に発達したものもあった。「道下」にも人々が住むようになった。同時に、下街道の沿線に開墾地が発達し
 た。下街道の付け替えの土木工事において、扇状地において灌漑水路、生活水路を確保もされたはずである。それが、江戸
 時代後半のこの地域の特異な発展をもたらしたものと思われる。


今回は、以上です。


図2


図3

田舎の2000年歴史ロマン⑬ 富山県朝日町を分析する(その4) 行政区の区割り 終
サイト掲載日:2015年8月14日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明