科学と技術を考える③ 自動車材料の未来を想う(その2) 「マルチマテリアル」に思う  

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科学と技術を考える③

  

自動車材料の未来を想う(その2)

「マルチマテリアル」に思う

     

「マルチマテリアル」がNHKラジオで流れる

 「自動車材料の未来を想う」で、『「材料種の最適の組合せで部品性能をブレークスルーしよう」という流れが国際的に主導的になっており、現在では、ドイツ、米国が先導している。』と書いた。それと関連したことがNHKラジオでも取り上げられた。
 3月16日の朝、いつも付けっ放しにしているNHKラジオから、自動車の軽量化ニーズに対応する新しい技術を紹介するニュースが流れた。その中で聞きなれた知人(Aさんとしておく)の声がインタビューに答えていた。翌日、別の知人(Bさんとしておく)から「自動車部品の軽量化へ実用化急ぐ」(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150316/k10010016541000.html)という報道があったという情報が舞い込んだ。確認してみたら、やはり、旧知のAさんへのインタビューだった。関係者には既に広く知られつつある言葉だが、一般の人にはまだまだ馴染みが薄い「マルチマテリアル」の紹介だった。「マルチマテリアル」の定義は完全に定まっているとは思っていないが、NHKの説明とは少し違い、私は前回に述べたように、「特定の材料種に拘らず、適材適所の考え方で、用途に応じて、複数の材料種を組み合わせて使うこと」と理解している。その実現のためには、NHKが言うように「金属と樹脂など異なる素材を結合させて部品の軽量化を図る技術」が鍵となる。いよいよ、このキーワードも一般メディアで流れ始めたかという感慨が先行した。前回紹介したように、この分野は、ドイツ、アメリカが先行し、日本がようやく腰を上げたところだ。


戦後の日本製造技術の特質      

 「高品質-低コスト-同一仕様大量生産方式」という戦後の日本式製造技術は、世界の先進市場を席巻し、日本に遅れまいと「工場の科学」の必要性が特にアメリカで叫ばれることになる。日本式システムの特質を簡単に述べてみよう。
●分業から一貫連続化へ:原料から最終製品まで一列に並べて一気に作るやり方だ。これによって、まず、在庫、運搬などのコストを省ける。そして、一番大事なことだが、高度な品質管理が可能になり、「工場=品質管理」の方程式が実現する。改良点を突き止めると他社に知られずに自社工場内で問題解決できることになり、高品質化と低コスト化を好循環で進めることができるようになる。
●省力、省工程化へ:工場のすべてを熟知していくと、単純に「省く」こともできるが、あるいは「+1-2」すなわち一つ新しい工程を加えると二つの工程を省くか統合できる、とか、様々な「省く」アイデアが現実化していく。こうなると現場の技術者の熟練度(メンテナンス技術を含む)が増すことが、生産効率の向上にも直結していく。


戦争でアメリカに負けたひとつの理由      

 こういう戦後の興隆の伏線は何か?に関する酒飲み話の類を紹介しよう。「あの物量を誇る大国に戦争を挑むというのは暴挙以外のなにものでもない」が大方の敗戦理由の弁で、自分も内心はそう思っていた。ところが、ある時、こんな話を聞いた。これも酒席で。「日本の銃器は、それぞれ設計がまちまちで、部品もそれぞれ異なるから、修理のためには部品確保が不可欠。それに対して、アメリカは、部品が同じで型式が違うように設計した。壊れたら壊れたものを使って直ぐに修理する。性能は日本の方が上だったかもしれないが、補給線が伸びたり、断ち切られたりした戦場では戦いを継続できない。」と。これでは兵隊さんが惨め。
 ひとつひとつを丁寧に作り、”粋“を求めるのが日本人の特徴かもしれない。戦前の状況を独断的にまとめて比較すると、
 ●日本 個別仕様部品-個別仕様製品→高機能化   修理・修繕の非合理性
 ●米国 共通仕様部品-個別仕様製品→必要機能保証 修理・修繕の容易さ
 この反省も深層心理にあり、上述の戦後の「工場の科学」を追い求め、実現したのかもしれない。さあ、この日本式で永遠に勝ち続けることができるか。


21世紀の世界市場の二極化      

 歴史というのは変化だ。起こりつつある世界市場の二極化を二通りに見てみよう。
  A:比較少人口グループ(先進国)と比較多人口グループ(新興国)。
  B:金持ちと庶民。いずれも絶対数が増えていく。
 さて、どの基準で見るか?商売をするならB基準が圧倒的に単純。
 「高級製品=私だけの仕様」と「大衆製品=私の好みの仕様」に分けて作ることになる。いずれも仕様選択肢は拡大する。
 「高品質-低コスト-同一仕様大量生産方式」を改良して、「多仕様化」できればよいが、私は限界があると思う。
 いずれにせよ、今後は世界的に、性能、品質、価格競争が激しくなり、同時にそれをとりまく法的規制への対応にも敏感にならざるを得ない厳しい時代となる。


ドイツ、アメリカによる「打倒日本戦略」としての「マルチマテリアル」      

 燃費規制という縛りがさらに厳しくなることが予定されているが、一方、ユーザーニーズに応えるということで様々な機能がオンされたり、衝突安全性を向上させたりするために、ここのところ乗用車重量は増加する一方だ。それでも燃費向上させたのだから、自動車技術者達には大した能力がある。しかし、その改良にも限界が来る。そこに、もう一段厳しい燃費規制が訪れるとすると車体重量をくっきりと落とさなくてはならない。そのためには軽量化設計(高剛性化、高強度化など)の観点からも材料をいじるしかない。ここが近未来の必争点となっている。そこで、米独は「マルチマテリアル」にいち早く着手した。これは、「高品質-低コスト-同一仕様大量生産方式」に替わる製造技術となる可能性がある。
 ここで、「高品質-低コスト-同一仕様大量生産方式」が孕む本質的な欠陥を冷静に見つめておいた方がよい。その点こそは皆さんに自分で考えて欲しいので、ここではそれへの私なりの解答に代えて、代替技術としての米独の「マルチマテリアル」化戦略を勝手に分析してみる。また、この戦略が上記のB基準にも対応していることは容易に分かるだろう。
 ・素材選択を自由化(原料素材に縛られない)
 ・プロセス選択の自由化(コンパクト化してどこでも作れるようにする)
 ・製品仕様の自由化(多様なユーザーニーズに直接答える)
 それと、潜在的な戦略に
 ・企業選択の自由化(従来の中心企業に拘らない)
 が透けて見える。これでお分かりいただけただろうか?
 さらに詳細な解題は別に譲りたいが、「マルチマテリアル」作戦と表裏一体の考え方は「付加造形技術」だ。三次元プリンターがそのわかりやすい例となる。

 と、書き進めていたところで、再びBさんから、3月19日、NHK「おはよう日本」で『進化する日本の「ものづくり」』(http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2015/03/0319.html)が先の報道と関係しているのではないか?という質問付きでお知らせがあった。流石、朝はテレビを点けないので全く知らなかったが、まさにこの三次元プリンターの金型製造への導入の話が紹介されている。「マルチマテリアル」がこのような製造技術と結びつくと全く新しい製造技術体系が展開されることになる。


日本の「マルチマテリアル+付加造形技術」開発はどうあるべきか      

 さあ、米独戦略は戦端が開いた現時点では米独が勝利的で両国のこの分野が相当な活気を帯びているように体で感じる。個人的には、あらゆる国が、このような挑戦をもっともっと展開していって欲しい。今後の技術発展の方向を言い当てていると思うからだ。
  だが、やはりどんな技術も致命的かつ本質的な欠陥を内包している。「信頼性」という言葉で説明してみよう。工夫努力して、見映えもよく、出荷試験にも合格する製品ができたとしよう。だが、これでは済まない。ユーザーがどのような使用条件で使うかは基本出荷側には予測できない。戦闘機のように一回使えるだけでもOKな製品にはよいかもしれないが、長年にわたって使うとか、心臓部品に使うとかの場合には、「信頼性」評価が不可欠である。
  簡単に言えば、使用条件下での経年変化、繰り返し変化などを想定しえる条件範囲内で検査し、安全で信用して使っていただけるという太鼓判を押すことだ。
  この「信頼性」をどこの国よりもしっかりと保証することを大前提に中長期的に取り組むのが、日本人に合っている戦略だと思う。特に自然災害、高温多湿などへの対応を考慮するのは、「アジアから」基準でないとでてこない発想である。この基準は、我々の著書のひとつの根幹だが、「海洋に近い高温多湿地帯にはそれに合う材料があり、気候がマイルドな大陸性気候にはそれに合う材料がある」という自然条件/気候条件を念頭に置いた製品開発の必然性も、この信頼性に大いに関係する。いわば、上記のB基準×「アジアから」基準の戦略の選択を私は薦めたい。
 ところで、NHK「おはよう日本」の中で出てくる熱処理技術者は素晴らしい。理論では予言できない寸法変化でも正しく予測できる。皆さん、このような技術者が世界にはたくさんいるのかもしれないと思われるかもしれないが、多分、日本にこそ最もたくさん働いている。優れた技術は優れた技術者がいてこそである。パソコンを眺めていれば仕事になると信じており、現場に行かない「デスクエンジニア」をいくら増やしてダメだ。むしろそれは技術力の低下を招くばかり、技術者責任の劣化も招く。
 米独の「宣戦布告のない先制攻撃」には、これらの点を踏まえて対戦してほしい。技術者の育成(知性、技能、責任感、倫理観)を含めて、「アジアから」の戦略で戦えば、日本にこそ将来の勝機は訪れると確信する。

 




科学と技術を考える③ 自動車材料の未来を想う(その2) 「マルチマテリアル」に思う 終
サイト掲載日:2015年3月21日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明