科学と技術を考える28 弾性の破壊 その4:降伏から加工硬化へ①

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科学と技術を考える28

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弾性の破壊
その4:降伏から加工硬化へ①



最初に説明したことに戻る=弾性と塑性

 英語でelasticとは「元に戻る」性質を言う。plasticとは「型に容易にはまる」性質を言う。
 これらの日本語訳は、「弾性」と「塑性」となっている。
 漢字の「弾」は「弦をはじく」が原意であり、「塑」は「土をこねたり削ったりして像を作る」のが原意である。英語の意味とはどうもイメージがぴったりとは合わない。
 だが、「弾性」は「外力で変形した物体が、力を取り去ると、もと形に戻ろうとする性質」と定義され、「塑性」は「固体に外から力を加えたとき、その力を取り去ってもそのままでもとの形に戻らない性質」と対比されて定義される。
 ゴム、バネなどが典型的な弾性材料であり、粘土などが典型的な塑性材料である。



さて、「完全弾塑性モデル」というものをよく見かけるが何だろう?

 金属材料の動的変形を扱う際に、簡略化して考えるために「完全弾塑性モデル」というものがよく使われる(下左図)。これは、弾性範囲では「弾性」だが、降伏応力を越えると変形応力が一定で変形が進むということを表している。この変形応力が一定の範囲を「塑性」と見なすことになる。
 だが、上に書いたように、「塑性」とは「固体に外から力を加えたとき、その力を取り去ってもそのままでもとの形に戻らない性質」なので、「塑性」であれば変形の途中で除荷した場合を考えると下右図では、(A)のようにならないといけないが、金属材料の現実は(B)のように「弾性」的に進む。すなわち、「完全弾塑性」は金属材料において完全な意味では実在しない。
 敢えて言えば、融点(絶対温度,T)の1/2以上の温度で変形する際に、かなり近い状況になる場合もある。例えば、鉛は室温でも粘土のような変形をするように見える。これは、「弾性」の要素が極めて少ないからで、そうなるとむしろ「塑性」モデルに当てはめた方がましになる。
 まあ、このような点を忘れずに、しかも「変形経過を追随する」ために「完全弾塑性モデル」を使うということは許容してもよいかもしれない。しかし、これが金属材料の一般的な性質を説明しているとすることには異議を唱えなくてはならない。


図 完全弾性体モデル



外形(マクロ)で起こることと内部(ミクロ)で起こること

 ここで対象としているものは、肉眼(マクロ)で見える大きさの「外形」を持っている。では、顕微鏡の世界(ミクロ)で内部では何が起こっているのか見てみよう。
 金属材料は、ミクロには原子が整然と結晶格子を組んで配列していることは高校の物理や化学で習う。
 ミクロで見た弾性変形は、例えば引っ張ると、格子の原子間距離がある方向では伸び、ある方向では縮んでいる状態と言える。加えた力を放すと元の原子間距離に戻る。ということで、「可逆性」イメージは容易に描けるはずだ。
 では、「可逆」限界を超えるとどうなるのだろうか?もし、原子間距離が伸びきって切れてしまえば、それは破壊となる。ところが、面白い現象が起きる。全体では引張っているのに、引張の方向とある角度を持った(45度とか)面上で、「せん断」応力が発生する。せん断とは、面を挟んで、応力方向が全く逆方向に働くことだ。このせん断応力が働き、原子間結合が一端、横ずれで切れるが、直ぐに隣接する原子と再結合し、結合が破壊せず、一原子距離だけずれた状態は、概観すれば元の状態と全く同じになる。これがミクロの世界だが、外形で見た時に、せん断面が両端に出て、双方で一原子距離分のずれ、すなわち新しい表面ができる。
 外形に生じたこのずれは、丁度、断層が地表に現れたようなものだ。断層は英語では、faultもしくはdislocationと言う。Faultは欠陥ということだが、dislocationは位置ずれということで、前者は結果を言い、後者は原因を言っている。脱臼もdislocationである。英語は、この位置ずれをdislocationと名付けたのは極めて妥当だと思われる。日本人は、これを「転位」と訳すことにした。原因を顕す言葉としてはそんなに悪くはない。
 下図は、地質学の教科書で現れる断層を分類し図解の一部だ。地盤への力のかかり方(方向も含む)とずれ方(方向も含む)から違いを整理していることが分かる。共通していることは、ずれはせん断によって生じるということだ。(b)の正断層は、正に金属材料の引張変形におけるずれと現象的にほぼ同一である。また、両方の図解に、地盤のずれによって新生面が両端にできることを表している。


図 地質学におけるdislocation


 このように、断層、転位は面の両側のずれである。ところが、近年は「一本の転位」という表現がまかり通っているし、「転位」の定義も「結晶中に含まれる線状の結晶の欠陥」が一般的である。断層は面だったのにいつの間にか線に変身してしまったのだ。

図 断層は地盤を貫くか?

 さて、地層における断層(面)に話を戻してみよう。地表に現れている断層(面)を眺めながら、このずれは地下のどこまで続いているのか想像してみよう。地球を横切って反対側までつながっているとは思えない。マントルの上に乗っている地殻もしくはプレートを通り抜けているのだろうか?断層とはそんなに大規模でなさそうである。とすると、ずれが途中で止まっている場合もあることを認めなくてならない。
 このずれが途中で止まっている状態は、金属材料に戻ると、せん断による一原子間のずれを片方から入れ、反対側に通り抜ける以前に力を抜くと実現できる。この時のずれの最先端面は、一本の線とみることができる。この一本の線をいつの間にか「転位」と呼ぶようになった訳である。皮肉なことに、こうなってしまった転位では、実はずれは0から1まで変化している(1は原子間距離のつもり)ので、ずれていないともずれているとも言える状態であるが、ずれをほぼ代表していると言うのは納得できる。そして、1だけずれてしまった部分は、実は既に新しい0になっているので、ずれていないと言い張ってもそれを否定する必要もなくなる。まあ、このような段階を経て、面状の現象が、線状の話に還元されてしまった。


図 教科書に出てくる転位の図解
















次回 降伏から加工硬化へ② に続く




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サイト掲載日:2016年5月22日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明