科学と技術を考える27
弾性の破壊
その3:金属材料の高サイクル疲労破壊②
3.ステージⅠき裂はどうやってできるのか???
以上で、高サイクル疲労破壊の概観はできたが、疲労研究に興味を持った者として、一番の関心はこの標題に向いてしまう。弾性変形下においても、疲労き裂が産まれてしまう「不思議さ」をより突っ込んで考えてみたい。ただ、非力さ故に自分の考えがまとまらない部分が多いので、その点は予めご容赦お願いしておきたい。言い訳になるが、この問題は決着がついていない。
1)「転位」をどう働かせるか
まず、どうしても「転位」を登場させざるを得ない。私の最も苦手な対象である「転位」を扱うのは気が乗らないが仕方ない。繰返し弾性変形の際に、金属内部で何かが動いていると考えないと疲労という動的な現象の説明のしようがないからだ。もしかすると他の担い手を登場させることができるのかもしれないが、結晶格子欠陥としては、私の頭では「転位」しか思いつかない。他に例えば、原子が動く、すなわち拡散しているとすると溶質である鉄結晶格子の中で可能性があるのは、室温を前提とすると水素以外には考えにくい。だから、水素も登場させるべきという有力な考え方もあるが、まずは転位だけを登場させてみよう。
今、一本の転位だけ登場させることにする。しかも、その転位は予め存在しており、しかも一つの結晶粒内では動き得る(可動性がある)ものとする。かなり、自分勝手な前提設定だが、そんなにご都合主義な仮定でもない。ただ、予め存在するものが可動性というのは、ちょっと問題があるかもしれない。
転位は、結晶格子内では、格子点を結ぶ、弾性を示す紐のようなものとして扱うことができる。それに作用する繰返し応力によって、あるすべり面上を「可逆的に」往ったり来たりする。ここでいう「可逆」は、熱力学的な意味ではなく、単純に位置的に往復できるという意味である。さて、この往復運動がいくら繰り返されても全く何も起こらない。図1で言えば、左端の状態が永続するというイメージになる。
何らかの移動障害があり、そこで転位がすべり面を変えたり、同じすべり面で増殖が起こったりして、転位が堆積していかないとなかなか「き裂」発生には行き着かない。しかも、相当数の転位の堆積が必要となるのではないか。ここで「可逆性」を喪失することになる。
2)伝統的な疲労表面き裂発生メカニズム論
さて、その昔、比較的繰返し応力が高く、多少塑性変形が生じる領域で、疲労き裂がサンプル表面から発生する現象(表面き裂発生)が一般的な現象と考えられるようになり、そのメカニズムの説明がなされた。
「繰返し応力が作用すると、(サンプル)表面にせん断応力成分によって結晶の特定の面に沿ってわずかに非可逆的なすべりが集中的に発生する。形成されたすべり帯が応力の繰返しとともに発達し、繰返し負荷の場合には局部的に入り込み(Intrusion)や突き出し(Extrusion)と呼ばれる微視的凹凸(数十ナノオーダー)ができ、それが成長してついには結晶粒単位のき裂となる」
このような説明が、近年の教科書や解説に決まって書かれているはずだ。そして、現象論的に、その「証拠」写真も並べられているので、ほぼ解明したかと思わせる。
3)素人的疑問に発して
ところが、いろんな疑問点がある。私がまず素人的な疑問を呈するのは、入り込みや突き出しがサンプル表面で生じているのは確かだが、これにすべり(帯)が関与するというのなら、サンプル内部のすべり(帯)の反対側の終端で何が起こっているのかがイメージできない、ということだ。
「内部の終端は剛体だ」とするなら、入り込み部分の長さが縮むとは考えにくいので、体積一定とすると厚さが増すことになる。他方、突き出し部分は、薄くなったことになる。当然、表面での体積増減はゼロバランスしていることになる。いわば、入り込むだけ押し込んだら、その周囲の実が出てきた、みたいなことになる。
これが実際に起こっているみたいなので、困ってしまう。転位さん達にどういう働きをしていただくとこういう工事ができるのか、私には説明不能となる。相手が粘土ならあまり悩まないのかもしれない。まあ、「カオス」状態になれば解法が思いつくかもしれないと思っている。「カオス」状態を作る主人公は、まさにせん断応力であり、せん断応力が単純な転位運動ではなく、なんらかの回転運動を起こすとすると、真剣に考える気になる。転位の幾何学的な配置でこの工事の外形を説明することができたとしても、その工程の説明が完全にできるとは到底思えない。
52枚のトランプを重ねて、その直方体に上下面にせん断応力を掛けると、一枚一枚のトランプは等距離だけ少しずつずれて、横断面が平行四辺形になるように変形する。これが最も単純な転位運動だ。
それに対して、流体(水でもよい)にせん断応力がかかると普通、回転運動(渦)ができる。これが「カオス」を呼び起こす。同様に、金属でも何らかの(結晶格子の)回転運動が起きてもよいとなると気が楽になる。しかし、転位様の怖い顔が目に浮かび、はっきりとした声にならない。
恐る恐る言えば、回転半径の小さい部分(小さい渦)が突き出し部を作り、回転半径の大きい部分(大きい渦)が入り込み部を作るのではないか。もしくはこの大きさが数十ナノオーダーから始まるというのだから、基本回転半径(基本渦)が数ナノ程度で、それらが面状集合体として、凹凸作成工事を担うのかもしれない。
だが、最初から「基本渦」ができるのではなくて、当初は転位によるすべりから始まり、それがある閾値を越える段階に達した時に、「基本渦」が発生し、「カオス」状態となり、工事が加速していく段階を踏むような気がする。
4)ステージⅠき裂はどうなのか?
とって付けるような話だが、「表面き裂発生」においても、「非可逆的変形」は極めて局所的であり、その度合いを「歪」で表すとしたら相当の大きさになるだろうと思われる。何をアピールしたいかと言うと、サンプル全体で平均的に観察されるような現象とかけ離れたことが起こっていてもおかしくないということである。極めて微小な空間に、平均的には観察されない変形集中が起こっているのは間違いないからだ。
回転渦集団の工事の捌け先として、サンプル表面が提供される場合は良いが、ステージⅠき裂のように捌け先がない時はどうなるのだろう。また、オリジナルき裂の発生となる剥離は、せん断力で生じるのか、またはマクロな繰返し応力で生じるのか、で考え方が変わる。
ということは、実験的に、言葉を換えて言えば、現象的にはどうなっているのか?
ご関心のある方は、以下の最新成果を勉強されたい。この実験は信頼できる。
古谷佳之:「ビーチマーク法による内部疲労き裂伝ぱ速度の評価」 鉄と鋼-J. Iron Steel Inst. Jpn. 101[3] (2015)
pp.228-235.
この論文を私が勝手に読むと、き裂の成長は通常(ステージⅡ段階)と同じように波紋状に進行するが、その進展速度は1サイクル辺り、格子間隔以下となる極低速として実測される、ということになる。「1サイクル辺り格子間隔以下」とは、暗に「転位運動で説明しにくい」ことを示唆している。また、進展については繰返し応力も関与していることを示唆している。変形はせん断応力により、破壊は繰返し応力によると考えると都合が良い。
どこからオリジナルき裂が発生するのかという議論が残るが、大原則である「最も弱いところ(最弱環)から」に固執すると、それはどこでも良いことになる。ということで、
①すべりの最弱環にすべり変形(転位運動)が集中し、歪がある閾値に到達する(変形の局在化)
②変形機構が「回転運動」に変化し、歪集中域が拡大していく(局在部における変形の均一化:カオス)
③繰返し応力によって、歪集中域のある個所が剥離しオリジナルき裂ができる(たぶん、応力拡大係数閾値=破壊限界値)
④その後は、ごく低速でのき裂進展が進む。変形はせん断応力による「回転運動」のままだが、破壊は繰返し応力支配となる
⑤き裂進展を支配する変形機構が、繰返し応力による「転位運動」に切り替わり、ステージⅠ段階からステージⅡ段階に移行
する
以上が、私の仮説である。
まとめ
ミクロな局所に実は大変な事態が進行しているが、マクロなサンプルは何も気づかずに、弾性変形を繰り返している。しかし、徐々にその傷が拡大し、ヒステリシスも拡大しその兆候が外部にも表れても、その信号は微弱であるので、自分の健康状態を疑うことはまずない。と、突然、変な具合になったかと思うと、直ぐに破断する。これが高サイクル疲労破壊である。
動揺することはない。確かな理解と情報を持っていれば、十二分に対応できる。
(本稿終わり)
科学と技術を考える27 弾性の破壊 その3:金属材料の高サイクル疲労破壊② 終
サイト掲載日:2016年4月18日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明