科学と技術を考える26
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弾性の破壊
その3:金属材料の高サイクル疲労破壊①
0.簡単なおさらい(ほとんど前回の繰返しです)
○「原因」と「結果」が分かっても、「原因」から「結果」への「経過(経路)」は一義的に決まらず多様。その「経路」を具体的に考える
ことの方が大事。
※人の一生も「生」から「死」まで。その「経路」は各人に固有な「生き様」。
○「弾性」「塑性」の基本定義は、それぞれ「外力で変形した物体が、力を取り去るともと形に戻ろうとする性質」、「固体に外から
力を加えたとき、その力を取り去ってもそのままで、もとの形に戻らない性質」と対比されている。しかし、私たちは「バネ
定数」に慣れてしまって、「弾性は直線関係」と思い込んでしまう。それで下図の質問に大概の人は「戸惑う」。
※「あなたは正しく生きているか」という問いに答える必要はない。「私の生き様はこうだ」と胸を張れれば素晴らしい。
○長井は、金属材料は基本定義のいうところの弾性体であり、力を加えると「永久変形」を与えることができる性質も持って
いる、と考えたい。この方が、弾性、塑性の基本定義との矛盾が少ない。敢えて、「塑性体」とは言わないことにしたい。
この考え方に沿って、「弾性の破壊」を考察するのがこのシリーズの狙いである。ここで言う「破壊」とは、「破綻」とした方がなじみやすいかもしれない。いずれにせよある状態が続かなくなることだ。その例として、
①脆性破壊
②高サイクル疲労破壊、そして
③降伏現象
を取り上げたいが、前回は「脆性破壊」で、今回は、「高サイクル疲労破壊」である。
1.初心者のつまずき
①弾性変形によっても疲労破壊するのが大問題
疲労というのは、繰返し負荷がかかることで本来の質が低下していく現象であり、すなわち人間の疲れに類推できる現象である。であるから、かつては「疲れ」とも言った。
質が低下していく段階を専門的には損傷と表現することがあり、最終的に壊れる段階を破壊と表現することがある。そう理解すると疲労=損傷+破壊となる。私は損傷段階を切り離さずに、これらを総称して疲労破壊と呼ぶことにしている。
さて、聞いたこと見たことがある人が多いと思うが、針金を曲げて、伸ばして、逆に曲げて、これを繰返していくと、針金が破断する。これを実験で示して、金属の疲労だとする説明がある。大目に見てもいいが、これを疲労破壊一般と信じ込むと大変なことになる。この実験では明らかに肉眼で追随できる「塑性変形」を繰返しているので、これで分かった気になってもらっては大いに困る。
現実的に大問題となるのは、弾性変形しているのに疲労破壊することである。この場合の弾性変形は、図1の真ん中にあるような関係になる。かといって、肉眼では最左図のようにほぼ直線的にしか見えない、すなわち、ヒステリシスと言われる往復経路で囲まれる面積が極めて小さいが、ゼロ(最左図)ではないという繰返し変形となる。
高サイクル疲労破壊は、弾性変形を繰返している最中に、あたかも突然破壊する。つまり、「弾性の破綻、破壊」になるわけで、それが本稿で取り上げる意義となる。針金変形実験(繰返し塑性変形)によって、疲労破壊を本気で理解してしまうとこの現象の本質が見えなくなる。
②「高サイクル」の意味が理解できない
さて、しらっと「高サイクル疲労破壊」と専門用語を出したが、実はもっと何とかして欲しいのは「高サイクル」という先頭についている用語だ。
疲労とは繰返し変形なので、繰返しの速さがある。普通、周波数、例えば一秒間の繰返し数 Hz(ヘルツ)、で繰返しの速さを表す。意外と多くの人は、「高サイクルとは周波数の高い疲労のことですか?」と質問してくる。誤解だが、無理もない質問と私は思う。
実は、サイクル(cycle)とは繰返し数のことである。そういわれれば確かにそうだと思われると思う。「高サイクル」とは英語ではhigh-cycleとしているものを多分直訳したものだろうが、実は「多サイクル」の意味である。対比的に「low-cycle(低サイクル)」もあるが、これはむしろ「少サイクル」の意味である。「高サイクル」の「高」に引きずられて、「高周波数」とイメージしてしまうのは致し方ない誤解だと思う。「高繰返し数疲労」とでもしておけば誤解はより少なかったのではないか。NIMSでは、例えば「ギガサイクル疲労」のように、繰返し数の多さをアピールする呼び方を採用することがある。
この基本用語の段階でつまずく初心者は結構多い。あなただけではありませんので、ご安心を。つまずく責任はあなたにはないと思います。
③これだけは最小限、分かって欲しいこと
1)繰返し応力(Stress)が高いほど、破断までの繰返し数(Number)は
少ない。「逆も真なり」なので、ここから、図2の「S-N曲線」が通常
みられる関係となる=これが大基本である
※この「S-N曲線もしくはS-N線図」の「S-N」がStress-Numberの頭文
字と分かっていただけたと思うが、以下のようなまっとうな質問
を浴びせられることが結構多い。「応力を与えると破断繰返し数
が決まると思うのですが、何故、X軸とY軸が逆なんですか?」
確かに、高校までで「X軸は変数(原因)で、Y軸は関数(結果)と慣
例的に描く」と習うので違和感を持つのは無理もない。実は「応力
(Stress)-歪み(Strain)関係」も同じように、Y軸に応力を取るの
が慣例である。この「逆慣例」は慣れてしまうと「標準」になってし
まうが、素人のつまずきの一因となっているかもしれないと危惧
することがよくある。
2)塑性変形が生じるような高い応力で繰り返すと、破断繰返し数は
通常10,000回以下である。これを「低サイクル疲労」とよく言う。
日本語では、数字につけて言う時は、「サイクル」よりは「回」の方
3)繰返し応力を低くしていくと、破断までの繰返し数は増加し、ある一定応力値よりも低い応力では、いくら繰返しても破断
しなくなる(と信じられていた)。その限界値を「疲労限」と呼んできた。百万回前後で底をつくので、百万回前後以降の疲労
を「高サイクル疲労」と呼ぶのが習わしになっている。しかし、「疲労限」は間違いなくあるとは言えないというのが近年の理
解である。従来は、「降伏強さ以下(もしくは弾性限以下)の応力では疲労破壊は起こらない」というような、実は科学的根拠
薄弱な理解もはびこったが、これを見直すべき時代に入っている。
2.高サイクル疲労のメカニズム論
いろいろな説明図の書き方があるが、私が好んで使っているのが、図3だ。サンプルを縦に真二つに割った断面図に相当し、左端はサンプル表面を、右側はサンプル内部を表している。
この図のポイントは、「損傷+破壊」と言う分析ではなく、疲労破壊をステージⅠからステージⅢに分類して、それぞれのステージで起こる「破壊」のメカニズムの違いをうまく説明していることにあり、それが気に入っている理由になる。
もう少し詳しく説明しよう。
1)ステージⅠ
実はここが未解明で一番興味深いところ
だ。また、疲労寿命の大半がこの段階に費や
されるのも事実だ。サンプル表面に近いが実
は、表面より少し内部に「微小き裂」が発生す
る。これが疲労き裂の起点となる。繰返し応
力軸に、45度から60度傾いた面上に半円もし
くは楕円状に形成するという共通した特徴を
持っている。
起点となるところに何か欠陥なり異物があ
れば、それ見たことかとなるのだが、意外に
そのような「特異点」があからさまには観察さ
れないことも多い。それで、その場合は「微視
組織割れ」と考えて、対応する微視組織を特定
することになるが、その特定が必ずしもうま
くいくわけではない。
実験的(経験的)には、ステージⅠき裂(ステ
ージⅠの最終的なき裂)の大きさは、繰返し応
力が高いほど大きい。さて、図3では、「まず
ある大きさの微視き裂が発生し、それが成長
する」と書いているが、その確かさはおぼつか
ない。このような表現をすると、①最初に元
となる十分大きな微視き裂が発生し、それが
成長してステージⅠき裂になる、という解釈
と➁最初に、十分に小さい面剥離が生じ、それ
が徐々に拡大してステージⅠき裂になる、という①とは微妙に異なった解釈が産まれるはずだ。どちらの方がより正しい解
釈なのか?また、いずれの場合もステージⅠき裂を造る変形メカニズムは何か?という問題が問われる。変形メカニズムに
ついては、茫洋としてだが「その近辺に作用する局所的なミクロな変形メカニズム」とされている。最近の信頼できる研究成
果から判断すると、①か➁かという論点では、②に軍配が上がりそうだ。この最初のき裂(オリジナルき裂と言おう)がどの
ようにできるかが解明されるべき最大の課題だと思う。
ステージⅠき裂は、表面に出ない状態で成長している。このような状態を「閉口」状態と言う。表面に出ると「開口」したと
言う。真ん中の図では、表面近くの厚みを描いているが、その実際の厚さはごく薄い。ステージⅠき裂の成長の途中で、「開
口」する場合もあり得る。ということも考慮しつつ、今後もう一つ結論をだすべき重要課題は、ステージⅠき裂の大きさを決
定するものは何かという点だ。これについても慎重な議論が続いている。何らかの限界条件が早晩明確になると期待してい
る。
繰返し応力の中で、高応力側でオリジナルき裂面が離れていても、低応力側で閉じて押し付け合うことも想定できる。こ
の現象も「閉口」と言われることがあるので注意が必要だ。
いずれにせよ高サイクル疲労破壊の研究の面白さは、現時点ではこのステージⅠに集中している。
2)ステージⅡ
一般に馴染みがある疲労破面は、このステージⅡの破面で、ストライエーションと呼ばれる、波紋模様の破断面である。
一つの波紋、実際に山と谷が、一回ごとの繰返しに対応して形成される。
ステージⅡは開口した破面の伝播で、マクロな変形メカニズムによる。それは繰返し応力に支配され、かつ開口による応
力集中を反映した局所化した塑性変形によるものである。したがって、同じ大きさの繰返し応力がかかっていたとしても、
ステージⅡき裂の成長に伴い、開口部が大きくなる。結果、そうするとき裂先端での応力集中は増し、山-谷の幅が徐々に拡
大していく。
走査電子顕微鏡で拡大して観察すると、ステージⅠき裂を発して、放射線状に波紋が拡大していく様子を観察できる。山
谷の数は、繰返し数に対応するので、例えば、事故調査では重要なデータとなる。多くの場合、綿密な観察結果をもとに、
ステージⅡの破面を形成するに至った負荷条件が使用環境データとの対比で、正確に対応される。すなわち、事故原因解明
に至ることになる。
3)ステージⅢ
最終破断と呼ぶことがあるように、ステージⅡき裂がどんどん拡大するわけではなく、ステージⅡき裂の成長途中でサン
プル全体が破断してしまう。厳密には、ステージⅢは、疲労破壊ではなく、例えば単純引張による破断と本質的には差異は
ない。
→次回、「弾性の破壊 その3: 金属材料の高サイクル疲労破壊② 3.ステージⅠき裂はどうやってできるのか???」へ続く
科学と技術を考える26 弾性の破壊 その3:金属材料の高サイクル疲労破壊① 終
サイト掲載日:2016年3月22日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明