科学と技術を考える25
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弾性の破壊
その2:金属材料の脆性破壊②
2.グリフィス理論(1920)
ヤッフィーさんは戦後の研究者ではないかと思う。ところが、その基本となっている破壊応力の考え方の起源は、少なくとも1920年に遡る。世界で鉄鋼材料の低温脆性が系統的な研究対象となったのは、私が昔調べたところでは、1940年頃からで世界大戦の真っ最中だったことになる。
グリフィスさんという人がいた。グリフィスさんは、脆性材料にキズ(切欠きとする)があるとより低い力で破壊する現象に興味をいだいた。特に、疲労強度が切欠きによって低下することを理論的に説明したいと思った。
そこで編み出したのが、いわゆるグリフィス理論(1920)である。なるべく簡単にその紹介をしてみよう。
まず、原子面剥離のような「鋭い切欠き」ができた状態を想定し、それが成長する「エネルギー条件」を考えてみた。
A) 「き裂面」(相対する二つの面)が拡大することにより、「表面エネルギー」が増大する。
B) 「き裂面」の増大により、系に蓄えられた「弾性エネルギー」が減少する。
→B)の減少分が、A)の増大分を上回れば、「き裂面」が成長することになる。その時の限界状態の負荷応力を破壊応力とする、として導出されたのが以下の式である。
ここで、σFは破壊応力、rはき裂の大きさ、Eはヤング率、πは円周率であり、γは「表面エネルギー」である。
この式を変形して貰えば、上記の説明通りになっていることが容易に分かるはずだ。
ということで、破壊応力は著しく簡単な式であらわされることになるが、Eとかrは実測可能だが、γの実測値というのはなかなか難しい。おそらく、計算材料科学で徐々に制度の良い値が分かってくることになるだろうと期待している。
さて、この式において、破壊応力の温度依存性に立ち返ってみると、γ、Eが持つ温度依存性しかないことになる。γに温度依存性を持たせるよりは、前述のようにEの温度依存性程度を考えるという根拠になっている。
さて、この式は確か、疲労強度が切欠きで低下することを説明するつもりから始まったものだが、切欠きというのは肉眼で見えるような大きさであり、式のrは実用材料では大体数ミクロンから数百ミクロンであり、顕微鏡でしか観察できない大きさである。いわば瓢箪から駒の類の成果である。この式から、切欠き効果を説明することはできない。その後、切欠きはそこでの応力集中を助長するので、切欠きが鋭いほど応力集中部で破壊応力に到達しやすいというロジックで説明されることになる。
さて、これでめでたしめでたしとなるはずだったが、そうは問屋が卸さなかった。
物理的な概念であるグリフィス理論をエンジニアリング的に発展したのがアーウィンさん達(1950頃)である。切欠きを持つ応力集中部での破壊のクライテリアを求めるという挑戦だったと高く評価する。これは戦時標準船で大問題だった溶接部破壊を克服しようとして生まれた「破壊力学」の出発点となった金字塔である。
それが応力拡大係数(K)であり、次の表式となる。
σ0は、かかっている応力(外力)であり、aは前述のrと同じである。ここで、前のσFとここのσ0の間には応力集中係数という倍数がつくが、試験片(切欠き形状を含む)が決まればその倍数は分かる。
実験で様々な材料の破壊条件でのK値が求められていった。強引にKの式のσ0にσFを代入すると破壊条件でのK値は、表面エネルギーのみの関数となることが分かる。応力集中係数は別途導出できるので、このような方法で「見かけの表面エネルギー」の実験値が得られるようになっていく。
そうなると実用高強度鉄鋼材料の破壊条件K値から見積もられる「表面エネルギー」は、物理的なアプローチで想定される値とはけた違いであることが明らかになっていった。この結果に、みんな頭を抱えてしまった・・・
アーウィンさんの共同研究者達から、救いの手が差し伸べられた。実用高強度鉄鋼材料の脆性破面は、純鉄などの低温で見られる脆性破面と比べて、ミクロな凹凸が多いことが明らかですが、これは破面を作るのにすべり変形が関与しているためと考えられます。したがって、純粋に物理的な表面エネルギーにその塑性仕事の分を加算しなくてはなりません。また、その加算部分が大半を締めますので、物理的な表面エネルギーの代わりに、塑性仕事による表面エネルギーであるγPで置き換えた方が、原理的に正しい説明になるのではないでしょうか?・・・というような「議論の発展」があり、ここで大方が安堵のため息をついてしまった。
この安堵でよかったのか。この疑念が私を長い間苦しめている。少なくともアーウィンさんの応力拡大係数までは、物理的解釈のロジックはつながっているが、転位の大家のオローワンさんが修正した考え方で、物理的ロジックは断絶してしまった。それで良いのか、という自問である。
長い自問の末、前記の、
応力をかけて「塑性変形」した材料をいったん除荷して、再度負荷すると今度は除荷時点の応力までは弾性変形するので、金属材料は基本弾性体と考えた方が良いという考え方が、
浮かんだ時に、瞬間的にそれが化けた。
「塑性変形」を受けていない、すなわちすべり変形によって内部の原子配列にほとんど歪みのない材料の「表面エネルギー」と、すべり変形が進行し内部の原子配列にミクロな歪みがある材料の「表面エネルギー」が異なっていて良いのではないか、という考えが浮かんだ。
言葉を換えて再度表現してみよう。
ミクロな内部歪み(内部応力)分布のない材料のへき開面の表面エネルギーとミクロな内部歪みがある材料のへき開面の表面エネルギーはもともと違うのではないか、ということだ。
ミクロな内部歪みのない材料のへき開面は平坦に広がったある同方位の原子面の剥離であるが、同じ原子面であってもミクロな内部歪みがあるとその原子面自体に歪みが生じて不思議はない。また、原子面剥離に必要な「仕事」も大きくなって不思議はない。何も破面を作るのにすべり変形の寄与を考える必要はない。そういう歪んだ弾性体の脆性破壊というだけではないか。当然、同方位の原子面が少しずつ傾いて分布していて、それがあちこちでミクロに破壊し、それらを結び付けるためにすべりによる延性破壊が生じる可能性もあるが、その場合でもまずはミクロ破壊に必要な「仕事」自体が大きくなるのではないか。
実用高強度鉄鋼材料の内部組織は複雑で、いわばここで言う、ミクロな内部歪みが満載の材料である。そして、できる限り「塑性変形」の発生を抑制することで高強度を実現している。「塑性変形」を抑制しているのに、脆性破面作成に「塑性変形」が必要というのは今思えば強引すぎる。「塑性変形」が抑制されているから「破壊エネルギー(=ここでは表面エネルギーに帰着する)」が高いという論理展開の方が自然ではないだろうか。
このようなことを漸く思いついたが、どうも自分で実証しようという気にならない。面白そうだということならどうぞ実験してみてください。
→続く (次は、高サイクル疲労の話です) (本稿終わり)
科学と技術を考える25 弾性の破壊 その2:金属材料の脆性破壊② 終
サイト掲載日:2016年2月12日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明