科学と技術を考える24
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弾性の破壊
その2:金属材料の脆性破壊①
0.簡単なおさらい
○「原因」と「結果」が分かっても、「原因」から「結果」への「経過(経路)」は一義的に決まらず多様である。その「経路」が具体的に
どういうものかを考えることこそ大事である。
※人の一生は、「生」で始まり「死」で終わるが、その「経路」は人それぞれに固有である。
○「弾性」「塑性」の基本定義は、それぞれ「外力で変形した物体が、力を取り去ると、もと形に戻ろうとする性質」、「固体に外か
ら力を加えたとき、その力を取り去ってもそのままで、もとの形に戻らない性質」と対比されている。しかし、私たちは「バ
ネ定数」などに慣れしんでおり、「弾性」を直線関係と思い込んでしまうところから、理解の混乱が始まり、下図の質問に大概
の人は「戸惑う」。
※「あなたは正しく生きているか」と問われると瞬間、答えに戸惑う。実は「どうでもいい」のだ。答える必要のない質問で
はないだろうか。「私の生き方はこうだ」と言えるのが素晴らしい。
○金属材料で言われるところの「塑性変形域」では、「状態1」は「負荷応力」に応じてより高応力-高ひずみ側に移行していくと考
えて問題ない。それに対して「状態0」は固定点とする必要はなく、時々の「状態1」に対応し、除荷した際の横軸上の点と考え
ればよい。このように対応させた「状態0」と「状態1」の間の繰り返し往復は可能であり、両者の関係は「弾性」であることを満
たす。すなわち、負荷によって「永久変形」を与えたとしても、それが与えられた物体は実は「弾性」を示す。
このように考えると、金属材料は基本的に弾性体であり、力を加えることによって「永久変形」を与えることができる物質である、と考えた方が、弾性、塑性の基本定義との矛盾が少ない。
この考え方に沿って、「弾性の破壊」を考察してみたい。その例として、
① 脆性破壊
② 高サイクル疲労破壊、そして
③ 降伏現象
を取り上げたいが、今回は「脆性破壊」である。
1.脆性破壊とは?
ウィキペディアによると
【脆性破壊とは、靱性や延性が低いために起こる破壊で、ガラスなどに代表される。対して延性破壊は通常通りの延性を保持して破壊に至る現象である。延性破面よりも脆性破面のほうが滑らかである。
材料に応力ないし歪みを負荷し、その後、元の状態に戻るとするとき、その材料は弾性領域内にある。更に大きな応力ないし歪みを負荷し、その後、歪みが元の状態に戻らない状態になることを、「塑性変形を起こす」という。弾性領域内で生じる破壊は、一般的に脆性破壊と呼ばれる。
金属などの延性材料は、力が加わると原子(または結晶の不完全部)が移動することによって破壊せずに変形するが、原子が移動しにくい結合をしている材料、結晶は原子間結合力を超える力が加わると分離し破壊するというイメージである。そのため延性材料でも原子が動きにくい低温では脆くなる(低温脆性)。また水素原子などが結晶内に侵入していると原子が動きにくくなり脆くなる(水素脆性)。】
と説明されている。まあ、大概の教科書にはこのように書かれているので、このような説明に正面からケチをつける訳にはいかない。
「ウィキペディア」の大元の考え方はおそらくこの図2ではないかと思う。多くの専門家が利用しているが、実は原典がないらしい。みんなが利用する考え方には、大概は初出の学術誌というものがあり、それを原典というが、この図はヤッフィーという研究者がある討論会で黒板に書いて説明したものを多くの人がこれは良いと言って使うようになったらしい、と私の留学先の先生に聞いたことがある。
ということで、実はまだこの考え方が実証されたり、検証されたりしたと言い切れるものではなく、「鉄鋼ではなぜある温度以下で脆性破壊、ある温度以上で延性破壊になるのか」をうまく説明したものに過ぎない。だが、これを反証するデータも提出されておらず、また、極めてうまく現象を説明するので、原典がないという経緯をしらない人は「理論」扱いをしてしまう。
さて、私が留学先の教授から教わった説明は以下のようになっている。
1) 鉄鋼がすべり変形(上記では原子移動としている。こ
の書き振りには好感を持つ)し始める応力を「塑性流
動応力」とするとこれは、低い温度ほど高くなること
は物理的にもエンジニアリング的にも認められていると考えてよい。
2) それに対して、鉄鋼がある原子面剥離(上記はそれを少し詳しく説明している)によって破壊する応力を「破壊応力」とす
る。破壊応力はあまり温度依存性がないと考えられる。物理的には剛性率の温度依存性程度だろうから、塑性流動応力の
温度依存性よりは極めて小さいので、簡単のためにほぼ一定としてよいだろう。だが、破壊応力の実測値というものはま
だ検討されていないことは留意しておくべきである。
3) そうすると図2のようにある温度を境にして、高温側では塑性流動応力<破壊応力、低温側では破壊応力<塑性流動応力
となる。こう考えると、ある温度を境にして、高温側では塑性変形、低温側では脆性破壊となることをうまく説明でき
る。
以上が、ヤッフィーさんの説明の再現である。これからは、何故そうなるかの背景について薄弱な「ウィキペディア」の説明よりは説得力のあるこの考え方を周りの皆さんに紹介していただけるとありがたい。
さて、「ウィキペディア」の説明で私がどうしてもひっかかるのが、
【弾性領域内で生じる破壊は、一般的に脆性破壊と呼ばれる。】
という箇所である。脆性破壊は「破壊応力<塑性流動応力」で起こるのだから、その応力は「弾性領域内」だろう、と言われるとぐうの音もでないが、どうも違和感が強い。
【材料に応力ないし歪みを負荷し、その後、元の状態に戻るとするとき、その材料は弾性領域内にある。
更に大きな応力ないし歪みを負荷し、その後、歪みが元の状態に戻らない状態になることを、「塑性変
形を起こす」という。】
この箇所だけ抜き書きして読んでもそんなに違和感が発生しないが、この説明者がこう述べた後に、上記の一文を続けているので、かなり気になる。
端的に言えば、この説明者が言う「塑性変形」を起こした後でも、脆性破壊が発生するケースが実験的には普通に起こる。
すなわち、「塑性変形」を起こした後なので、「弾性領域内」という理解との間に「矛盾」が生じる。しかし、まずこれは「塑性流動応力」と「(最初の)塑性変形(が認められた)応力」を混同したための混乱であり、ヤッフィーさんの仮定をよく理解していないからである。図2に遡って考えてみれば、ある温度で「塑性流動応力」を越えても応力を増していくといつかは「破壊応力」に至るのは明らかである。そうなるとこれは「弾性領域外」での脆性破壊と分類するのだろうか。私は、どうも「弾性領域」、「塑性領域」という分類に違和感がある。
ここで私の考え方を見直してみて欲しい。例えば、仮想作業として、「塑性変形」後のある応力、歪みで脆性破壊が発生したとする場合、脆性破壊する寸前で変形を止め、いったん除荷(ゼロ負荷まで)してみる。再度、そこから応力を増していくとまさに弾性変形が生じて、今度は変形を寸前で止めた応力を超えると脆性破壊する。これだとあたかもどんな場合でも「弾性領域内」で脆性破壊が起こったと言えることになる。
回りくどい説明だが「弾性領域内で生じる破壊を脆性破壊」とする見方は、あまり芳しくない。あくまでも「脆性破壊は破壊応力で生じる」としておいた方がよいし、上記の便宜的な説明のように、いったん想定除荷をすれば、それが実は弾性体であることを認めることができるはずだ。いずれにせよ、「塑性変形」と「脆性破壊」を対立的に捉えることは本質を見ていない。
ヤッフィーさんは、鉄鋼での「延性破壊」と「脆性破壊」はクライテリアが異なる独立の破壊現象だが、ある温度を境に出現が入れ替わることを説明していることによく気づいて欲しい。
ここまで言っておきながら、しかし、
【弾性領域内で生じる破壊は、一般的に脆性破壊と呼ばれる。】改め、
【弾性変形の打ち切りとして脆性破壊が起こる】という捉え方は魅力的である。
これは弾性変形では原子面間距離が広がっていくのに対して、脆性破壊では原子面間距離がある値を超えると剥離(以後、へき開と呼ぶ)に至り、破壊応力は、弾性変形応力そのままで表現されるということになる。この意味で、脆性破壊は弾性変形の破綻(=破壊)である。魅力的な所以はここにある。
→次回、「弾性の破壊 その2: 金属材料の脆性破壊② 2.グリフィス理論」へ続く
科学と技術を考える24 弾性の破壊 その2:金属材料の脆性破壊① 終
サイト掲載日:2016年1月30日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明