科学と技術を考える23
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弾性の破壊
その1:弾性と塑性の定義から
前回の「アボガドロ数」では、
○原因と結果が分かっても、実はその「経過(経路)=反応過程」は分からないことに気づき、「反応過程」を具体的に考える大事
さを知る。
○そこで「反応過程」をモデル化しようとするが、その際にミクロとマクロの間の想像を絶するギャップをどう埋めるかが壁と
なる。
○また「反応過程=道のり」が実は一義的に定まっていないことに気づく。そうすると、「反応過程」を制御できる、もしくは
制御すべきパラメータを考えるようになっていく。
ことを期待して書いたつもりである。
化学反応は、主に気体、液体状態で考えることが多いが、当然、固体状態も対象になる。一方、日常生活で使う材料、すなわち、室温での材料はまず固体である。実は固体でも、前回と似たように、原因と結果が分かっても実はその経路を特定できないのが一般的である。それにもかかわらず、ここにも経路特定が容易な特殊解だけをただ一つの解答と思い込んでしまう落とし穴があることを本稿では紹介しよう。まずは「弾性」である。
英語でelasticとは「元に戻る」性質を言う。plasticとは「型に容易にはまる」性質を言う。これらの日本語訳は、「弾性」と「塑性」となっている。
漢字の「弾」は「弦をはじく」が原意であり、「塑」は「土をこねたり削ったりして像を作る」のが原意である。英語の意味とはどうもイメージがぴったりとは合わない。
だが、「弾性」は「外力で変形した物体が、力を取り去ると、もと形に戻ろうとする性質」と定義され、「塑性」は「固体に外から力を加えたとき、その力を取り去ってもそのままでもとの形に戻らない性質と対比されて定義される。
ゴム、バネなどが典型的な弾性材料であり、粘土などが典型的な塑性材料である。
さて、力を加えていない最初の状態を「状態0」と名付け、ある力を加えている状態を「状態1」とする。「状態0」と「状態1」は、「力-変形図」で図1のように書き表すことができる。
気の早い方は、「状態0」と「状態1」の間に直線を引きたくなるはずだ。「状態0」と「状態1」の間をこの直線上で行ったり来たりするのが弾性と思い込みたくなるのは無理もない。極めて簡明だから理解しやすい。
だが、ここで述べた弾性の定義は、「状態0」と「状態1」の間に直線を引くことを全く前提としていない。いわば、どんな経路であっても構わないと定義は言っている。元に戻ればそれでよいのだ。アボガドロ数で述べたように経路は無限に想定できるのだが、私たちの脳はついショートカットを選んでしまう。ましてや弾性定数なるものも身近であり、弾性定数という概念が独立してあるので、そこから自然と直線関係を想定し、それで思考停止してしまう。
それでは塑性についても同じような図が描けるものか?答えは「描けない」である。弾性は、「状態0」に力を加えて「状態1」となり、次に力を取り除いて「状態0」に戻るという操作手順が明快である。「状態0」「状態1」は加える力が保存される限り、時間が経っても変化しない。それに対して、塑性では「状態0」を出発点に、力を加えていくのは同じだが、同じ力を加え続けると変形がさらに進む可能性を認めているので、「力-変形関係」を1対1に対応させることができない。つまり、ある一定の力を加えた状態で「状態1」をある定座標点に維持し続けることができない。「状態1」に到達して直ちに力を取り除くことができれば「状態1」は持続されることになる。
以上の話が、弾性、塑性を取り扱う際の大前提となるはずである。
一方、力学や材料学の分野では、実用材料の「応力-ひずみ関係」がよく取り扱われる。金属材料の応力-ひずみ関係は実は特殊ケースであるが、金属材料が身近なので、これが一般的だと頭脳は即断してしまう。図2のように教科書に載っている。
力-変形関係をこの図のように縦軸、横軸を反転して描くのが一般的である。ここで描かれる曲線は実験値を反映して記録したものとなる。そして、変形の最初の直線部分の領域を「弾性変形域」、その後の曲線部分を「塑性変形域」とすることが多い。
これを前述の大前提から見ると極めておかしい。変である。ここで描かれた関係が非時間依存だとするとこれは「塑性」を示したものとは言えない。「弾性」を示したものとも言えない。
したがって、便宜的に以下のように説明されている。
○「弾性変形域」では、負荷を取り除くと「原点」
に戻るので、この領域は「弾性」とする。
○「塑性変形域」では、負荷を取り除くと「原点」
には戻らず「永久変形」が残るので、この「永久
変形」を「塑性」によるものと考えて、この領域
は「塑性」とする。
すなわち、金属材料は、弾性ともなり、塑性ともなると説明されている。
そこで、この説明を「弾性」「塑性」の大前提定義に戻って考え直してみよう。ここでも、「状態0」と「状態1」を想定するのが便利である。
○「弾性変形域」では、「状態0」は原点に固定することができる。「状態1」は「負荷応力」に応じてより高応力-高ひずみ側に移行
していくが、除荷すれば「状態0」にも戻る。図2での「弾性変形域」はそのような「状態1」の連続した点の集まりと考えることが
できる。
○「塑性変形域」では、「状態1」は前項と同じように、「負荷応力」に応じてより高応力-高ひずみ側に移行していくと考えて問題
ない。それに対して「状態0」は固定点ではなく、その時々の「状態1」に対応して、横軸上を高ひずみ側に移行していくと考え
ればよい。このように対応させた「状態0」と「状態1」の間の繰り返し往復は可能であり、両者の関係は「弾性」であることを満
たす。
すなわち、負荷によって「永久変形」を与えたとしても、それが与えられた物体は実は「弾性」を示す。
このように考えると、金属材料は基本的に弾性体であり、力を加えることによって「永久変形」を与えることができる物質である、と定義した方が、弾性、塑性の基本定義との矛盾が少ない。
【再確認】
今までは、「状態0」を図1や図2の原点に固定してきた。その場合も「永久変形」が現れる。しかし、この「永久変形」は完全に除荷することによって定めることができる量、すなわち無負荷で決定できる量である。つまり、負荷そのものによって決まるという「塑性」の原意からは明確に外れる。
【反省】
「ある臨界値以上の力を加えると永久変形が生じるようになる。これを塑性変形という」という説明、定義を自分自身好んで繰り返してきた。この定義の弱点をいまさらながら暴くのがこの項の目的でもある。なぜ、永久変形が生じるのか、いままでの定義における「塑性変形」とはなにかは依然として金属材料の基本的かつ重要な特質である。弱点を暴く狙いは何かということが大事になる。その狙いは続編で明らかになっていく。
本稿のタイトルである「弾性の破壊」にその狙いは込められている。「弾性の破壊」の例として、
① 脆性破壊
② 高サイクル疲労破壊、そして
③ 降伏現象
を今後取り上げていきたい。
→続く (本稿終わり)
科学と技術を考える23 弾性の破壊 その1:弾性と塑性の定義から 終
サイト掲載日:2016年1月3日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明