科学と技術を考える①
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自動車材料の未来を想う
自動車材料の未来を想う-その1
その昔、山根一眞さんから取材を受けた時に唐突にこう問われた。
「たかが60kgの体重の人間一人を運ぶのに、1tの自重が必要な機械(=自動車)というのは先端技術と言えるのでしょうかね?」と。『考えたこともない視点だ、自動車ってそんなもんでは』とグルグル思いがめぐり、どう答えていいものか戸惑っていると「将来60kgで60kgを運ぶような自動車を開発して下さいね」と励まされた。
そのことを思い出し、図1を描いてみた。横軸に自重を採り、縦軸にどれほどの荷重を運べるのか、ヒト(重量挙げ世界記録)、馬、乗用車、大型トラック、貨物飛行機で比べてみた。課題は、傾き1すなわち自重以上の荷を運べるかだ。
こう比べると馬が一番力持ちで、ヒト、大型トラックが次ぐ。乗用車は最低で、貨物飛行機よりも悪い。意外と人工物は分が悪い。技術は発達したとしてもマダマダ。現代文明人と鼻を高くしない方がよい。
乗用車を傾き1以上に持っていくには、車体重量を削減すること、動力を向上させることに尽きる。
自動車材料の未来を想う-その2
まず軽量化の基礎を材料から見てみよう。
軽量・高強化の選択となった時に、各素材の開発ポテンシャルは比強度(=実用材料強度/比重)よりも、比剛性(=剛性率/比重)で比べた方が良い。図2がその整理の一例だ。結果はあっけない。金属は材種によらず24GPa前後、セラミックは100GPaを超す。カーボン材料は、400GPaくらいまで見込める。
ここにカーボン材料への期待が高いことの根拠が象徴的に表れている。カーボン材料を活用する時代をなるべく早く招来することが材料研究者に求められるわけだ。さて、金属は材種に依らないということなので、それぞれが上限値を高める挑戦をし続ければよい。
自動車材料の未来を想う-その3
資源の供給持続性という視点も大事だ。リサイクルもあるので単純に見てはいけないが、資源入手可能性を図3にクラーク数から見てみた。化合物はクラーク数の小さい構成元素に制約を受けると考えた。こうみるとアルミ系、鉄系を有用に使い切るのが安心ということになる。
遠い将来にチタンが安くなれば極めて有力だが、軽いマグネも軽くて強いカーボンも大量に使うことを前提とすると資源が足りないということを忘れてはいけないと思う。バイオマス利用で積極的に炭素を固定する意義は増すかもしれないが、おそらく資源量的には限度がある。
このように、グローバルに自動車を大量に使い続けるなら、アルミ系、鉄系を最大効率で利用しきることが極めて妥当でかつ重要な戦略となる。したがって、必然的に再利用(リサイクル)が徐々に世界規模で比重を増していくだろう。再利用がコスト面で最有力となる時代は意外と近いのではないかと思う。
自動車材料の未来を想う-その4
さて、どこ(どの部品)を高強度化するかだ。自動車が衝突を全くしないということは想定しがたいので、乗っている人の身の安全を守るのが大事だ。外板を肉厚にすれば安全になるが、どうもそれは重くなってしまうので、趣旨に逆流する。そうなると、骨格を強くし、同時に全体として衝突エネルギーをたくさん吸収できるように構造設計、材料選択すればよいはずだ。「外板は丈夫で薄い紙」が理想形ともいえる。
主な構造素材を鉄とアルミで使い分けるとしたら、骨格は鉄で、他はアルミでという分担が分かりやすい。
自動車材料の未来を想う-その5
次に動力向上の基礎を材料から見てみる。
内燃機関(エンジン)と電動モーターの比率はどうなっていくのだろう?やはり、電動モーターに比重が傾いていくような気がする。それはやはり原料問題だ。いわゆる化石資源を利用するとしても、内燃機関よりも燃料電池の方に原理的に軍配が上がる。まあ、そうはいっても、エンジンはまだまだ50年以上は利用されるだろう。
そうなるとエンジン部材の軽量化を念頭に置いた高機能化が課題となる。実は、この課題は材料屋にとっては難題揃いで、つまり材料オタクには楽しい難題だ。鋳造とか、成形加工とかの「ものつくり技術」と、より高温で、より過酷な腐食環境で・・・耐え、しかも改質は部品の一部分だけにとどめたい、という我儘なニーズ満載となる。
自動車材料の未来を想う-その6
動力伝達の部品もオタクにはたまらない。大体、教科書で教えてもらう限界を超えて使っている例が多い。大体、強くて丈夫ということはない。強い材料は脆くなりやすい。ここの研究開発も極めてワクワクするものだ。答案用紙に書ける答えがないので、点取り虫のお利口さんの研究者には向かない挑戦だと思う。
ところが、大体、日本の多くの有名大学ではとっくに、この辺の専門を「古い分野」として、十把一絡げにしてしまったか、一絡げごと放ってしまったところが多い分野だ。他の先進国でも同様だが、近年、ドイツやアメリカでは「再興」を図って、国費を投資している。韓国、台湾、中国でも将来の浮沈を占う分野として強化策を国策的に続けていると思う。
自動車材料の未来を想う-その7
少し話がそれるが、教科書を読んでも解答が見えないというのは楽しくはないか?大体、科学の歴史転換というものは、「異端者」のお蔭だ。100年前の教科書を読んでみると、こんな理解をしていたのかと驚かされることが多い。100年経つと冷静に読めるが、現時点で教科書に書いてあることを否定されると冷静さを保てない人が多いように思う。教科書に異論を唱えるのが「異端者」とも言えるので、大体お利口さんは「異端者」を忌み嫌う。ということは、お利口さんには「本当のこと」が見えないとも言える。
教科書に書いてある通りにすると問題が解決するのであればそれで良い。ところが、そうは問屋が卸さない。お利口さんをやめ、単純バカになって問題を解決すると、教科書に書いてないことが分かるというのが技術開発にはよくあることではないか。まあ、まずは問題解決するのが良い。
自動車材料の未来を想う-その8
電動モーターも面白い。自分で鉄心にエナメル線を巻いて電磁石を作ったことがあれば分かるはずだが、エナメル線の断面は円で整然と巻くと良かった。が、それしか「正解」はないのか?どうしても純銅を使わないといけないのか?
性能/価格という評価値で技術選択をすると、今の常識を外れるという別のルートはないものか。大体、近年の車両重量の上昇の一番の要因は、「贅沢」の充実のためだ。それはそれで顧客の要望に答えているのでとやかく言う気はないが、『軽量化』に逆行している。最高効率電動モーターは、銅鉄製品から抜け出せないでいる。銅鉄から抜けてよいというルートが開けると面白い。
自動車材料の未来を想う-その9
「ここの部品はこの材料」を不磨の論理にすると、研究開発は必ず停滞する。「適材適所」の考え方をひっくり返すべき時代が到来している。「材料種の最適の組合せで部品性能をブレークスルーしよう」という流れが国際的に主導的になっており、現在では、ドイツ、米国が先導している。したがって、材料研究開発も活性化し始めている。多少遅れても良いから、日本もこの戦線に堂々と参戦した方がよいし、国策はその方向に舵を切っている。皆さん方のご奮闘を応援したいものだ。
科学と技術を考える① 自動車材料の未来を想う 終
サイト掲載日:2015年3月15日
執筆者:長井 寿
サイト管理人:守谷 英明